# # #

NZフィッシングレポート(マタウラリバー編)

河合 彰一郎

インバカーギル空港のタラップを降りたのは、そろそろ冬の気配が漂い始めた5月半ばのよく晴れた日のこと。南島の最南端に位置するこの町には、海岸沿いにペンギンやアザラシのコロニーが点在していて、手軽に観察できることから多くの観光客が訪れている。 同じ便に乗り合わせた日本からの学生達は「まずはマクドに行って、それからペンギンを見に行こうか?」などと会話を弾ませている。ペンギンはまだしも、なぜここまで来てマクドナルド?到着ロビーにきてすぐにこの疑問は解けた。 “世界最南端のマクドナルド”と書かれたおなじみ“M”の頭文字の看板が、フロア中央で到着客を迎えていたからである。お馴染みのチーズバーガーやフィレオフィッシュも世界最南端で食べれば、彼女達にとって忘れられない旅の思い出になるのであろう。 一方の僕にしても、日本でも釣れる珍しくもないブラウントラウトが釣りたくて、わざわざこの地まで足をはこんでいるのだから、冷静な第三者から見れば「なぜここまで来て…」と言われかねないのである。何に価値を見出すかは人それぞれなのだ。

#
 一見どこにでもありそうな川。しかし、ここが知る人ぞ知るブラウントラウトのメッカ

今回の目的地は、インバカーギルから北へ100km程のところにあるゴアという町。市街地の公園には“World Capital of Brown Trout Fishing”という文字をあしらった巨大なブラウントラウトのオブジェがあり、この街がいかにブラウン釣りで有名かがわかる。

そして、その舞台となるのがゴア市内を北から南へ流れるマタウラリバーである。牧場の中を大きく蛇行しながら流れる一見どこにでもありそうな川なのだが、ここではメイフライのハッチに合わせて、水面を覆いつくすようなライズがたびたび見られる。 鱒が釣れる川はニュージーランドに無数にあるけれど、一日を通してこうしたライズが頻繁に起こる川はマタウラリバーをおいて他にはない。

#
 一見派手にみえる模様も、川底に佇むと見事なカムフラージュになる

鱒が水面につくる波紋一つひとつを狙う、マッチング・ザ・ハッチの釣りはエキサイティングで、正確なキャスティングと状況にあった完成度の高いフライが要求されることから、腕におぼえのあるフライフィシャー達を魅了してやまない。 結果、一般の旅行者であれば先ず立ち寄ることのないこの町に、国内はもとより世界中から、フライフィッシャーが大挙して押し寄せるのである。そのため、スーパーマーケットのレジ係、モーテルの受付、ファーストフード店のウエイトレスまでこの町に住む人々は、フライフィッシングにとても好意的である。 好意的といえば、ゴアに到着して迎えた初日の朝、ちょっとした出来事があった。逸る気持ちを押さえつつマタウラリバーへと車を走らせていると、遥か前方からパトカーが近づいてくるのが見えた。そして目前に迫ったその時、サイレンとともに回転灯を点滅させ停止を促してきたのである。 車は対向車線をこちらに向かって来ていたので、全くの無警戒であった。あっけにとられながらも急いで車を路肩に止め、どう言い訳しようかと考えていると、間もなく警察官が歩み寄ってきてその場で簡単な事情聴取が始まった。 氏名、年齢、職業、これから何処に行くのかなど一通りの事を聞いたあと、彼は「30キロの速度超過は通常なら罰金を払ってしかるべきだが…フライフィッシャーマンは、この町にとって大切なゲストだからもう釣りに行っていいよ。 だだし、スピードはくれぐれも控えめに」とだけ言うとにっこり笑って立ち去ったのだった。フライフィッシャーであったことが理由のひとつで、交通違反が免除になるなんて、長いことこの釣りをやっていて初めての経験である。

さて、肝心の釣りの方はというと写真を見てもらえば、僕がマタウラリバーを満喫したことはわかっていただけると思う。 中でも僕を楽しませてくれたのは、今回の釣行で一番の大物となった59cmのブラウン。この魚、僕が立ち込んでいるすぐ足元まで泳いで来たかと思うと、目の前でライズを繰り返すなど警戒心をまるで見せないわりには、どういうわけか僕の投げるフライには見向きもしない。 手持ちのフライを総動員した挙句、とうとう口にしたのが#24のユスリカピユーパ。普通であれば、60cm近い大物にこんな小さなフライは殆ど使わないのだが、その時は何が何でもこの魚を掛けたい一心であった。 おかげで、魚をフッキングさせたまではよかったものの、思いきったやりとりができず、魚を追って河原を100mほど走らされるはめになった。もちろんこのブラウン、感謝を込めて丁寧にリリースしてきたので、誰かに釣られていなければ今もマタウラリバーを泳いでいるはずである。

↑このページの先頭へ↑