NZフィッシングレポート(クライストチャーチ編)
河合 彰一郎
日本とは季節が逆のニュージーランドでは、この原稿を書いている7月下旬は冬真っ只中。 タウポ市内は雪こそ降らないまでも、朝晩の気温が氷点下になることもしばしばで、滞在しているホステルでは、スノーボードやスキーを楽しむ宿泊客の姿も目立つこの頃である。
日本にいたときの冬の余暇の過ごし方といえば、来る春に思いを馳せながらコカゲロウを模した小さめのドライフライやニンフ、または手間のかかるソルトウォーターフライのタイイングに精を出すのが常であった。 僕にとってフライタイイングは、釣りをしているときと同じくらい、もしかしたらそれ以上に多くのイマジネーションと楽しみを与えてくれるものである。 正直いって今更ながら、タイイングツールを自参しなかったことを後悔している。 もちろんこちらで買い揃えることも考えたが、これ以上所持品を増やしたくないのでここはじっと我慢するしかない。 ニュージーランドの川と鱒をイメージしながらのタイイングは、帰国後の楽しみとしてとっておくことにしよう。 もちろんこの地に再び戻ってくることを前提に。その代わり、タウポ周辺では1年を通じてフライフィッシングが楽しめるので、その気になりさえすればいつでも釣りに行くことができる。 そしてその素晴らしさは前回のレポートに書いたとおり。とは言っても、凍てつく寒さのなかでロッドを振るのは、時として過酷な労働以外のなにものでもなく、やはり心地よい暖かさのなかで釣るほうが、何倍も楽しいのが本音というもの。
そして今、懐かしく心待ちにしているのが早春のスプリングクリークの釣り。 日本ではほとんど知られていないが、クライストチャーチ市内から車で1時間圏内には多くのスプリングクリークが流れていて、そのほとんどにブラウントラウトが生息している。 流程も短く川幅も5メートルに満たないものばかりであるが、豊富な涌き水は多くの水生昆虫を育むと同時に、グッドサイズの鱒をストックしている。 もちろん護岸や堰堤などは皆無なので、海から遡上してくるシーランブラウンもときに目にすることができる。 そして、日中の気温が20度を超えるようになる10月下旬になると、イブニングライズを楽しむ地元のフライフィッシャー達で川岸は賑わいをみせる。
話は少し逸れるけれど、この国の人々は本当に生活を楽しんでいるというのが、住んでみての実感だ。 冬場以外は仕事から帰った後にゴルフをハーフラウンドしたり、釣りに出かけたり、庭の手入れをしたりというのが当たり前である。 そしてそれを可能にしているのが“デーライトセービング”というシステム。 日照時間の長い夏季にかけて時計を1時間進めることで、夕刻から就寝までの時間を有意義に使おうというもので、先進国の多くが導入している。 日本でも過去に何度か導入が検討されたものの、その都度立ち消えになったのは記憶に新しいところである。 僕はもちろん導入に大賛成であるけれど、仮にこの制度が導入されたところで、仕事優先主義社会の日本のこと、意図した通りに運用されるかどうか甚だ疑問なのは、僕がここで言うまでもないことだろう。 そして、制度うんぬん以前の問題として、個々の意識改革が最優先課題であることも。
先シーズンのファーストフィッシュ&ベストフィッシュ。
まさに“春の小川”という言葉がぴったり。
護岸や堰堤がないだけで川は生きいきとした表情を見せてくれる。
さて話を釣りに戻すと、クライストチャーチ近郊にあるスプリングクリークのほとんどは私有地の中を流れている。 なのでその場所に立ち入ってよいのかどうか、事前に確認が必要だ。 場所によってはFISH&GAMEが設置した“ANGLER’S ACCESS”のサインがあるので、そうした場所で釣りをすれば無用なトラブルに巻き込まれないで済む。 僕の場合は、そこが牧場であればまず持ち主の家を訪れ、挨拶を交わしてから釣り始めるようにしている。 そして何度も同じ場所に通ううちにファーマー達と親しくなり、時々ランチをご馳走になったりと、友人宅を訪れる感覚で釣りができるのも今では楽しみの一つだ。 これらのクリークは地元のフィッシャーマン達が仕事帰りに、またちょっと思い立ったときに2~3時間釣りを楽しむような場所なので、ここではあえて川の名前を出すのは控えたいと思う。 もし、クライストチャーチ観光がてら釣りをしたいのであれば、市内の釣具店は近郊の釣り場にもちろん詳しいので、ライセンス購入時に尋ねてみるのが得策だろう。 釣り場へのアクセスから効果的なフライまで、親切丁寧に教えてくれるはずだ。 午前中に市内観光を終え、街中の洒落たカフェでゆっくりランチを楽しんでから出かけても、イブニングライズに十分間に合う。 一見して民家の軒先を流れる用水路のような川なのだが、釣れるブラウンのサイズ、コンディションは有名河川のそれと比べても遜色ない。 先シーズンのファーストフィッシュとなった写真のブラウンは、僕のホームステイ先から車でわずか15分のところで釣ったもの。 いくらニュージーランドと言っても、こんなブラウンにそう簡単に御目にかかれるわけではない。
早春の晴れた日に、川沿いを散策するだけでも楽しく気持ち良いもの。 そしてそこに大きな鱒が泳いでいてくれたら、もう何も言うことはない。 僕は今、タウポというフライフィッシングのメッカにいながら、頭の中ではクライストチャーチのクリーク沿いを歩いているのだ。 春が待ち遠しいのはどこにいても同じである。
このオスのブラウンはさんざんフライを無視した挙句、口にしたのはクリップルタイプに巻いたカディスピューパ#18。
サザンアルプスに源を発する澄みきった涌き水は、コンディション抜群の鱒を育むと共に、クライストチャーチ市民に質の良い飲料水を提供している。